10話) 結婚式
「・・・おめでとうございます。」
「ありがとうございます・・・。」
何度同じセリフを耳にし、何度同じ言葉を返したか分からなかった。
歩は武雄のように逃げなかった。
茉莉の横で、同じように祝辞をもらって、答えている。
人の名が変わっただけの結婚式は、スムーズに執り行われていた。
上滑りなお祝いの言葉に囲まれて、これ以上ないくらいに豪勢に、美しく着飾った茉莉は、艶然とした笑みを浮かべて、型にはまった礼を繰り返す。
やたら政財界の面々が多いように感じるのだが、この結婚こそが政治そのものだからだ。
披露宴で、茉莉の着用したドレスは、シンプルなラインで体の線を強調されたものだった。首元に輝くダイヤが茉莉の輝きを象徴するかのように、きらめいていた。
人々の称賛の視線を一身に集める傍ら、武雄の代わりに、彼女を娶る事になった歩を羨む声さえきこえた程。
彼の明るい将来をたたえない者はいない。
式はとどこおりなく済み、茉莉は言われるままに、先に河田邸に戻って行った。
新郎の歩は、友人と共に独身最後の夜を過ごすと、人づてに聞いて、思わずホッとしたくらいだった。
周囲に視線を集めるのには慣れていた茉莉だったが、今日の視線は大量すぎて、とても疲れたからだ。
茉莉だけで、先に河田邸に戻って、着いたら午後八時頃になっていた。
シャワーを浴びて、化粧をおとし、夜着を羽織って・・・・。
そこで・・・。
煩雑な式に惑わされて、ほとんど会話を重ねることのなかった歩と、初めて二人きりになるのだと、その時気づく。
河田家の嫁の勤めの一つは”子”をなすこと。
今夜。彼が求めてきたら・・・。
なんて考えて、顔が赤くなってくる。
(こんなに疲れているのに、みんなすることするのかしら・・)
冷静なつもりでも、ドキドキと心臓が高鳴った。